米国J.P.モルガン・チェイス銀行がIPOクラス・アクションで第一号の和解
4月20日に米国大手銀行のJ.P.モルガン・チェイス銀行が1990年代の株式市場ブームの中で一般投資家から「新株公開(initial public offering:IPO)」(筆者注1)により数億ドルを搾取したとするクラス・アクションの被告銀行の第一号として和解金4億2,500ドル(約 497 億2,500万円 )の支払いに合意した。
このニュースは、わが国でもロイター通信の速報をもとに簡単に紹介されているが、米国や欧州では大きく取り上げられており、また米国スタンフォード・ロー・スクールの証券クラス・アクション専門サイト等でも詳しく報じられる等、被告が55行の投資銀行と言う大規模集団訴訟の対象となる事案だけに、ニューヨークタイムズやフィナンシャルニュースの記事等に基づき分析してみる。
一方、米国ではクラス・アクション手続きそのものについての公開性、公平性の確保や弁護手数料の適正化ならびに連邦裁判所の関与機会の拡大等の目的から、2005年2月18日にブッシュ大統領は「Class Action Fairness Act of 2005」に署名している。同法についても専門家による多くの議論がなされているが、別の機会に改めて述べるとともに、欧州の国々でのクラス・アクション問題の動向について言及したい。
1.本クラス・アクションの主な被告である投資銀行と起訴事由
モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、スミス・バーニー、クレディ・スイス、バンクオブ・アメリカ証券等である。これらの銀行に対する起訴の背景は、2000年から2001年にかけて新技術関係の株式が公開され、急騰後に大暴落したことから原告団が組成したことが挙げられている(筆者注2)。現在、連邦地方裁判所に係争中の関連のクラス・アクションは2グループあり、(1)これら投資銀行(Investment Banks)が新技術会社のために300以上の新株公開を行い、その際に市場操作を行ったこと、(2)その他の起訴事由は独占禁止法違反に関するもので、12の投資銀行がはしごを仕掛けてIPOの価格を不正に引き上げたというものである。J.P.モルガン・チェイスはこの両者の理由により起訴されていた。
また、ゴールドマン・サックス、メリル・リンチやドイチェ・バンクは米国の商品先物仲介大手 レフコ(Refco.Inc)に対して2005年10月に起こされた株主集団訴訟(shareholder class action)(筆者注3)の共同被告になっているが、その理由は2005年8月に新株公開の価格管理等を行ったことによるものである。
今回の和解合意書の発効については、本クラス・アクションの原告投資家代表およびマンハッタン連邦裁判所判事2名の承認が必要となる。
今回の和解について、J.P.モルガンのスポークスマンであるジュセフ・エバンジェリスチ(Joseph Evangelisti)は「基本的に合意に達した」と述べたが、同行では適切な法的準備があり、今後の決算報告等への影響はないとのコメントを行っている。なお、同社の発表は市場が閉じた後に行われたが、同行の株価は2セント下落して42.60ドルになった。
今般の銀行に対する訴訟において、原告は2000年以降の新技術バブルの間に銀行がその業務を有利に進める見返りとして、顧客の優遇のために有利な新株公開を行ったと主張している。また、銀行は流通市場において意図的に株価を引き上げ、投資家の株式購入をおびき出し誤らせたという点を上げている。
2001年に弁護士メルビン・ワイス(Melvyn I.Weiss)と原告側弁護士は数百人の投資家に代り、55の投資銀行ならびに株式公開に関係する約300社に対し集団訴訟に踏み切った。
ワイスは次のように述べている。「我々は新技術バブルが空騒ぎ(irrational exuberance)ではなく、ウォールストリートの金融機関の巧妙な作品であることは証明できなかったが、モルガン以外の銀行についての和解の可能性については、閉ざしてはいない」。なお、ゴールドマン・サックス等の関係者は20日の段階で本件についてコメントを行っていない。
今回の集団訴訟は、新株公開に関する違法な活動を理由とする初めての訴追事件ではない。個々に名前があがった銀行は証券取引委員会(SEC)からの申立てに基づき和解を行っており、例えば、クレディ・スイスおよび技術特権を持った関連会社は多くの新株公開において主たる役割を果たす目的で違法な販売行為(騰貴手数料の支払いや新株公開分与の代替行為)を行ったことを理由に、2002年1月に1千万ドルの和解金を支払っている。
また、2003年4月には、ウォールストリートの上位10銀行が投資家教育より銀行に有利に運ぶため投資家をミスリードしたとの理由から、民事訴訟で14億ドルの和解に応じている。J.P.モルガンも2003年末に「レギュレーションM(株価引き上げのための公開前の静止期間中の引受や流通市場での株式市場での勧誘行為を禁止している、特にラダリング(laddering)は厳しく規制されている」(筆者注4)違反を理由に、2,500万ドルの和解に応じている。
これらの55銀行は、あくまで証券取引法等の「違法行為」は認めていないが、新株公開に関し、ここで2つの主要な後退が生じた。(1)銀行が訴えを却下させ、あくまで裁判の場で解決しようとしたこと、(2)マンハッタンの連邦地裁の判事が2005年の初期に約300社から騙されたことを理由とする訴えに関する10億ドルの和解を認めたことである。
原告である投資家に投資銀行から10億ドル以上弁済がなされていたならば、これら約300社は1ドルも支払うことはなかったであろうし、仮に10億ドル以下であったとしても、和解額はより低いものになっていたであろう。事実、これらの企業は原告の弁護士に対して銀行を主たる目標にすることに同意しているのである。
他の被告銀行の動向が注目されるところである。
(筆者注1)「新株公開」(新規公開(上場)株)とは、株式会社において、オーナーやその家族など少数の特定株主のみが株式を保有して株式の自由な流通ができない状態から、不特定多数の投資家が参加する市場で株式の売買が行われるように、市場に新たに株式を供給することを言う。以前からの株主に保有されている株式を市場に放出する「売出し」と、新たに株券を発行して市場から新規に資金を調達する「公募」があるが、通常の新規公開においてはこの両方が同時に行われることが多い。不特定多数の投資家から資金を募る以上、新規公開された会社は証券取引法などの法令によって企業の業績などの定期的な開示(ディスクロージャー)が義務付けられる一方で、成長に必要な資金の調達、知名度の向上による人材の採用などメリットも多く、近年株式の新規公開を目指す会社が急増している。(野村證券の証券用語集から引用)
一方、1997年に公開株化決定やその後の顧客への配分方法につき「方入札式」から「ブックビルデイング方式」に改正されたが、その後も「空積み」が指摘されるケースが相次ぎ、また顧客の大多数を占める個人顧客からは配分の過程が不透明である、一部他商品との抱き合せ販売が行われ不公正な配分が行われているとの指摘があった。このため、2005年11月14日に日本証券業協会は「新規公開株の顧客への配分のあり方等に関するワーキング・グループ」報告を公表している。
http://www.jsda.or.jp/html/pdf/houkoku051114.pdf
(筆者注2)スタンフォード・ロー・スクールのニュースによると、2001年6月までの連邦裁判所の証券株主集団訴訟(IPO訴訟)の被告会社数は約30,157社で、2000年同期の101社に比べ大幅に急増している。
http://securities.stanford.edu/news-archive/2001/20010802_headlines03_JUMP.htm
なお、最近の米国の株主集団訴訟の傾向は、NERA Economic Consultingが2005年2月に公表している。http://www.nera.com/image/Report_WEB_Recent_Trends_2.2005.pdf
(筆者注3) 「集団訴訟」とは、商品やサービスによって多数の人が被害を受けた場合、同じ立場にある不特定多数の中の一人もしくは数人が、全員を代表して訴訟を起こし(多数の受託した法律事務所が、インターネット上等で被告企業名、訴因等を告知し、苦情専用窓口を設け原告参加を働きかけるものである)、判決を同種の被害者全員に適用させるための訴訟。アメリカで制度化されて効果をあげているとされ、日本でもその導入が論議を呼んでいる。
一方、「株主代表訴訟」は、株主が直接に監督・是正のための行動を起こす方策として、個々の株主が、会社のために、会社に代わって、取締役等の会社に対する責任を追及するための訴訟を提起することが認められている(会社法(平成17年法律第86号、平成18年5月1日施行)847条以下参照)。これは昭和25年の商法改正に際し、アメリカ法の制度にならって新設されたものである。
なお、レフコ訴訟については次のURLに詳しい。
http://www.forbes.com/prnewswire/feeds/prnewswire/2005/10/19/prnewswire200510191830PR_NEWS_B_NET_PH_PHW061.html
(筆者注4)「レギュレーションM」とは証券取引委員会(SEC)市場規制部の定めた法的解釈通達で同委員会が定める規則とは異なる。米国では改正論議が行われており、IPOに関しては、ラダリング(引受銀行がIPO銘柄を割り当てる条件として、流通市場での取引開始後、追加的な購入を約束させる)やキックバック(引受銀行がIPO銘柄の割り当てと引き換えに、法外な手数料を得たり、当該銘柄の売却益の一部を顧客と共有する行為)が問題となっている。(金融庁金融審議会の資料より)
〔参照URL〕
http://www.nytimes.com/2006/04/21/business/21ipo.html?th&emc=th
http://www.financialnews-us.com/index.cfm?page=ushome&storyref=18500000000085706
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このニュースは、わが国でもロイター通信の速報をもとに簡単に紹介されているが、米国や欧州では大きく取り上げられており、また米国スタンフォード・ロー・スクールの証券クラス・アクション専門サイト等でも詳しく報じられる等、被告が55行の投資銀行と言う大規模集団訴訟の対象となる事案だけに、ニューヨークタイムズやフィナンシャルニュースの記事等に基づき分析してみる。
一方、米国ではクラス・アクション手続きそのものについての公開性、公平性の確保や弁護手数料の適正化ならびに連邦裁判所の関与機会の拡大等の目的から、2005年2月18日にブッシュ大統領は「Class Action Fairness Act of 2005」に署名している。同法についても専門家による多くの議論がなされているが、別の機会に改めて述べるとともに、欧州の国々でのクラス・アクション問題の動向について言及したい。
1.本クラス・アクションの主な被告である投資銀行と起訴事由
モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、スミス・バーニー、クレディ・スイス、バンクオブ・アメリカ証券等である。これらの銀行に対する起訴の背景は、2000年から2001年にかけて新技術関係の株式が公開され、急騰後に大暴落したことから原告団が組成したことが挙げられている(筆者注2)。現在、連邦地方裁判所に係争中の関連のクラス・アクションは2グループあり、(1)これら投資銀行(Investment Banks)が新技術会社のために300以上の新株公開を行い、その際に市場操作を行ったこと、(2)その他の起訴事由は独占禁止法違反に関するもので、12の投資銀行がはしごを仕掛けてIPOの価格を不正に引き上げたというものである。J.P.モルガン・チェイスはこの両者の理由により起訴されていた。
また、ゴールドマン・サックス、メリル・リンチやドイチェ・バンクは米国の商品先物仲介大手 レフコ(Refco.Inc)に対して2005年10月に起こされた株主集団訴訟(shareholder class action)(筆者注3)の共同被告になっているが、その理由は2005年8月に新株公開の価格管理等を行ったことによるものである。
今回の和解合意書の発効については、本クラス・アクションの原告投資家代表およびマンハッタン連邦裁判所判事2名の承認が必要となる。
今回の和解について、J.P.モルガンのスポークスマンであるジュセフ・エバンジェリスチ(Joseph Evangelisti)は「基本的に合意に達した」と述べたが、同行では適切な法的準備があり、今後の決算報告等への影響はないとのコメントを行っている。なお、同社の発表は市場が閉じた後に行われたが、同行の株価は2セント下落して42.60ドルになった。
今般の銀行に対する訴訟において、原告は2000年以降の新技術バブルの間に銀行がその業務を有利に進める見返りとして、顧客の優遇のために有利な新株公開を行ったと主張している。また、銀行は流通市場において意図的に株価を引き上げ、投資家の株式購入をおびき出し誤らせたという点を上げている。
2001年に弁護士メルビン・ワイス(Melvyn I.Weiss)と原告側弁護士は数百人の投資家に代り、55の投資銀行ならびに株式公開に関係する約300社に対し集団訴訟に踏み切った。
ワイスは次のように述べている。「我々は新技術バブルが空騒ぎ(irrational exuberance)ではなく、ウォールストリートの金融機関の巧妙な作品であることは証明できなかったが、モルガン以外の銀行についての和解の可能性については、閉ざしてはいない」。なお、ゴールドマン・サックス等の関係者は20日の段階で本件についてコメントを行っていない。
今回の集団訴訟は、新株公開に関する違法な活動を理由とする初めての訴追事件ではない。個々に名前があがった銀行は証券取引委員会(SEC)からの申立てに基づき和解を行っており、例えば、クレディ・スイスおよび技術特権を持った関連会社は多くの新株公開において主たる役割を果たす目的で違法な販売行為(騰貴手数料の支払いや新株公開分与の代替行為)を行ったことを理由に、2002年1月に1千万ドルの和解金を支払っている。
また、2003年4月には、ウォールストリートの上位10銀行が投資家教育より銀行に有利に運ぶため投資家をミスリードしたとの理由から、民事訴訟で14億ドルの和解に応じている。J.P.モルガンも2003年末に「レギュレーションM(株価引き上げのための公開前の静止期間中の引受や流通市場での株式市場での勧誘行為を禁止している、特にラダリング(laddering)は厳しく規制されている」(筆者注4)違反を理由に、2,500万ドルの和解に応じている。
これらの55銀行は、あくまで証券取引法等の「違法行為」は認めていないが、新株公開に関し、ここで2つの主要な後退が生じた。(1)銀行が訴えを却下させ、あくまで裁判の場で解決しようとしたこと、(2)マンハッタンの連邦地裁の判事が2005年の初期に約300社から騙されたことを理由とする訴えに関する10億ドルの和解を認めたことである。
原告である投資家に投資銀行から10億ドル以上弁済がなされていたならば、これら約300社は1ドルも支払うことはなかったであろうし、仮に10億ドル以下であったとしても、和解額はより低いものになっていたであろう。事実、これらの企業は原告の弁護士に対して銀行を主たる目標にすることに同意しているのである。
他の被告銀行の動向が注目されるところである。
(筆者注1)「新株公開」(新規公開(上場)株)とは、株式会社において、オーナーやその家族など少数の特定株主のみが株式を保有して株式の自由な流通ができない状態から、不特定多数の投資家が参加する市場で株式の売買が行われるように、市場に新たに株式を供給することを言う。以前からの株主に保有されている株式を市場に放出する「売出し」と、新たに株券を発行して市場から新規に資金を調達する「公募」があるが、通常の新規公開においてはこの両方が同時に行われることが多い。不特定多数の投資家から資金を募る以上、新規公開された会社は証券取引法などの法令によって企業の業績などの定期的な開示(ディスクロージャー)が義務付けられる一方で、成長に必要な資金の調達、知名度の向上による人材の採用などメリットも多く、近年株式の新規公開を目指す会社が急増している。(野村證券の証券用語集から引用)
一方、1997年に公開株化決定やその後の顧客への配分方法につき「方入札式」から「ブックビルデイング方式」に改正されたが、その後も「空積み」が指摘されるケースが相次ぎ、また顧客の大多数を占める個人顧客からは配分の過程が不透明である、一部他商品との抱き合せ販売が行われ不公正な配分が行われているとの指摘があった。このため、2005年11月14日に日本証券業協会は「新規公開株の顧客への配分のあり方等に関するワーキング・グループ」報告を公表している。
http://www.jsda.or.jp/html/pdf/houkoku051114.pdf
(筆者注2)スタンフォード・ロー・スクールのニュースによると、2001年6月までの連邦裁判所の証券株主集団訴訟(IPO訴訟)の被告会社数は約30,157社で、2000年同期の101社に比べ大幅に急増している。
http://securities.stanford.edu/news-archive/2001/20010802_headlines03_JUMP.htm
なお、最近の米国の株主集団訴訟の傾向は、NERA Economic Consultingが2005年2月に公表している。http://www.nera.com/image/Report_WEB_Recent_Trends_2.2005.pdf
(筆者注3) 「集団訴訟」とは、商品やサービスによって多数の人が被害を受けた場合、同じ立場にある不特定多数の中の一人もしくは数人が、全員を代表して訴訟を起こし(多数の受託した法律事務所が、インターネット上等で被告企業名、訴因等を告知し、苦情専用窓口を設け原告参加を働きかけるものである)、判決を同種の被害者全員に適用させるための訴訟。アメリカで制度化されて効果をあげているとされ、日本でもその導入が論議を呼んでいる。
一方、「株主代表訴訟」は、株主が直接に監督・是正のための行動を起こす方策として、個々の株主が、会社のために、会社に代わって、取締役等の会社に対する責任を追及するための訴訟を提起することが認められている(会社法(平成17年法律第86号、平成18年5月1日施行)847条以下参照)。これは昭和25年の商法改正に際し、アメリカ法の制度にならって新設されたものである。
なお、レフコ訴訟については次のURLに詳しい。
http://www.forbes.com/prnewswire/feeds/prnewswire/2005/10/19/prnewswire200510191830PR_NEWS_B_NET_PH_PHW061.html
(筆者注4)「レギュレーションM」とは証券取引委員会(SEC)市場規制部の定めた法的解釈通達で同委員会が定める規則とは異なる。米国では改正論議が行われており、IPOに関しては、ラダリング(引受銀行がIPO銘柄を割り当てる条件として、流通市場での取引開始後、追加的な購入を約束させる)やキックバック(引受銀行がIPO銘柄の割り当てと引き換えに、法外な手数料を得たり、当該銘柄の売却益の一部を顧客と共有する行為)が問題となっている。(金融庁金融審議会の資料より)
〔参照URL〕
http://www.nytimes.com/2006/04/21/business/21ipo.html?th&emc=th
http://www.financialnews-us.com/index.cfm?page=ushome&storyref=18500000000085706
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