英国における電子政府政策は非民主的であるとの批判と通信事業者からの反論
英国のロンドン大学の情報システム学部教授のイアン・エンジェル教授(Professor Ian Engell)(筆者注1)は、英国が現在取り組んでいる電子政府のあり方について次のような批判を行っている。なお、同教授の専門分野は、組織化された国家によるIT政策、すなわち①戦略的情報システム、②コンピュータとリスク(発生の機会と危険度の両面から見た)問題、とりわけすべての「社会技術システム(socio-technical systems:STS)」(筆者注2)および急激な国際的なインフラの拡散に伴う組織のセキュリティへの脅威等である。
一方、大手通信事業者であるNortelヨーロッパは政府システムと民間システム互換性(アクセスの効率性が優先する)を重視すべき点を強調している。ここで議論されているのは、本年3月30日に成立した「国民IDカード法案」の問題(筆者注3)と共通性があることである。協調されている点は、技術万能でないIT社会のあり方であり、またIT社会における民と官のシステムの相互運用性の是非の問題であり、自ずからわが国の電子政府について取り組む上で配慮すべき意見として紹介する。
1.同教授の意見
英国の電子政府は機能面で見れば5つ星であるかもしれないが、わが国の国民の20%にとっては機能面では盲人と同じである。公務員の教育によってコンピュータ処理のレベルが自動的に向上し、特に公的サービスをオンライン化することで対面サービス職員を削減できるとする考えは、明らかにおろかな考えである。
経済性を重視したこの舵取りは、行政窓口で国民と接する立場にある公務員の労働権を奪うことになる。今、政府が押し進めているのは技術的に窓口事務が円滑に行えない担当職員を解雇して人件費削減を行おうとしているが、それは民主的ではなく、まったく反対の政策である。
2.英国の電気通信事業者であるNortelヨーロッパ(Nortel European)の代表者であるピーター・ケリー(Peter Kelly)の反論
政府のe-Governmentを通じ、新パスポート(Epassport)やNHS Direct online(24時間年中無休で医療に関する質問、医療百科事典、近くの病院・公共医療機関・歯医者・メガネ屋・薬局等の検索等)(筆者注4)等のサービスが受けられるといった5つ星の市民サービスが可能となった。民間企業は電子政府との共同化推進のため政府と同一の概念をもって取り組んでいる。
中央データベース化され、サイロのように安全対策が取られた政府の各部門間でのアプローチを可能とすることで、より情報の流れやアクセスの容易性が確保されるといえる。その意味で、セキュリティが最大の課題であり、電子政府に当初から組み込まれたことに意義がある。情報は正しい場所にいる正しい人にとってアクセスしやすくなければならない。
また、民間部門のシステムは政府のシステムと手順において適切に機能するものでなければならず、民間部門が政府に提供する技術的能力を担保するためにも政府の機能面の同意が必要である。
3.教授の再反論
重要なことは、営利の追求を主たる目的とする民間企業と政府は基本的な目的を異にするものであり、同一のビジネスモデルを利用できるのかという点である。市民は民間企業における顧客ではない。市民と国の関係はそれとは異なるものであり、両者を同一的に考えること自体が問題である。すなわち、国や政府という保護者(Guardians)と民間企業の間には、「倫理」という相互に互換性を必要としない相違点がある。最も懸念する点は、政府機能の商業化が組織的な汚職・腐敗(corruption)につながる点である。
また、さらに懸念されることは監視社会化である。警察は我々が逮捕者数の目標を紹介すると、より多くの人々を逮捕する。これは、交通監視員(traffic wardens)やスピードカメラにおいても同じ状況にある。今、政府が提供しているものは、監視(surveillance) と市民への干渉(interference)である。
(筆者注1)同教授のサイトのURLを記しておく。著書の要旨やテレビでのインタビュー・ビデオなども見られる。本blogで紹介した内容についても幅広い関心の背景に触れることができよう。http://personal.lse.ac.uk/angell/
(筆者注2)STSの考え方は元々は英国で出来たとされるが、その後、北米で開花したと言われている。コンピュータと社会・倫理の問題は重要領域と位置づけられており、1991年にAssociation for Computing Machinery(ACM):アメリカ合衆国の情報工学分野の学会。1947年設立)およびIEEE(Institute and Electronic and Engineers)からなる専門委員会は新たなコンピュータ科学のためのカリキュラムの枠組みを作成している(1994年には全米科学財団が資金援助を始めている)。コンピュータ教育指導者のためのケースによるカリキュラム・ツールのサイト(ComputingCases.org)があり、そこでSTSについて具体的に説明されている。
http://www.computingcases.org/general_tools/sia/socio_tech_system.html
(筆者注3)「国民IDカード法案(Identity Cards Bill)」の詳細については、4月1日付本blogを参照されたい。3月30日付のチャールズ・クラーク内相の声明内容は次のURLの通り。
http://press.homeoffice.gov.uk/press-releases/id-cards-royal-assent
(筆者注4)英国電子政府のポータル(Directgov)からアクセスできる「NHS Direct」のURL:http://www.direct.gov.uk/HealthAndWellBeing/HealthServices/HealthServicesArticles/fs/en?CONTENT_ID=4002736&chk=boVcXV
〔参考URL〕
http://news.zdnet.co.uk/internet/security/0,39020375,39262587,00.htm
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一方、大手通信事業者であるNortelヨーロッパは政府システムと民間システム互換性(アクセスの効率性が優先する)を重視すべき点を強調している。ここで議論されているのは、本年3月30日に成立した「国民IDカード法案」の問題(筆者注3)と共通性があることである。協調されている点は、技術万能でないIT社会のあり方であり、またIT社会における民と官のシステムの相互運用性の是非の問題であり、自ずからわが国の電子政府について取り組む上で配慮すべき意見として紹介する。
1.同教授の意見
英国の電子政府は機能面で見れば5つ星であるかもしれないが、わが国の国民の20%にとっては機能面では盲人と同じである。公務員の教育によってコンピュータ処理のレベルが自動的に向上し、特に公的サービスをオンライン化することで対面サービス職員を削減できるとする考えは、明らかにおろかな考えである。
経済性を重視したこの舵取りは、行政窓口で国民と接する立場にある公務員の労働権を奪うことになる。今、政府が押し進めているのは技術的に窓口事務が円滑に行えない担当職員を解雇して人件費削減を行おうとしているが、それは民主的ではなく、まったく反対の政策である。
2.英国の電気通信事業者であるNortelヨーロッパ(Nortel European)の代表者であるピーター・ケリー(Peter Kelly)の反論
政府のe-Governmentを通じ、新パスポート(Epassport)やNHS Direct online(24時間年中無休で医療に関する質問、医療百科事典、近くの病院・公共医療機関・歯医者・メガネ屋・薬局等の検索等)(筆者注4)等のサービスが受けられるといった5つ星の市民サービスが可能となった。民間企業は電子政府との共同化推進のため政府と同一の概念をもって取り組んでいる。
中央データベース化され、サイロのように安全対策が取られた政府の各部門間でのアプローチを可能とすることで、より情報の流れやアクセスの容易性が確保されるといえる。その意味で、セキュリティが最大の課題であり、電子政府に当初から組み込まれたことに意義がある。情報は正しい場所にいる正しい人にとってアクセスしやすくなければならない。
また、民間部門のシステムは政府のシステムと手順において適切に機能するものでなければならず、民間部門が政府に提供する技術的能力を担保するためにも政府の機能面の同意が必要である。
3.教授の再反論
重要なことは、営利の追求を主たる目的とする民間企業と政府は基本的な目的を異にするものであり、同一のビジネスモデルを利用できるのかという点である。市民は民間企業における顧客ではない。市民と国の関係はそれとは異なるものであり、両者を同一的に考えること自体が問題である。すなわち、国や政府という保護者(Guardians)と民間企業の間には、「倫理」という相互に互換性を必要としない相違点がある。最も懸念する点は、政府機能の商業化が組織的な汚職・腐敗(corruption)につながる点である。
また、さらに懸念されることは監視社会化である。警察は我々が逮捕者数の目標を紹介すると、より多くの人々を逮捕する。これは、交通監視員(traffic wardens)やスピードカメラにおいても同じ状況にある。今、政府が提供しているものは、監視(surveillance) と市民への干渉(interference)である。
(筆者注1)同教授のサイトのURLを記しておく。著書の要旨やテレビでのインタビュー・ビデオなども見られる。本blogで紹介した内容についても幅広い関心の背景に触れることができよう。http://personal.lse.ac.uk/angell/
(筆者注2)STSの考え方は元々は英国で出来たとされるが、その後、北米で開花したと言われている。コンピュータと社会・倫理の問題は重要領域と位置づけられており、1991年にAssociation for Computing Machinery(ACM):アメリカ合衆国の情報工学分野の学会。1947年設立)およびIEEE(Institute and Electronic and Engineers)からなる専門委員会は新たなコンピュータ科学のためのカリキュラムの枠組みを作成している(1994年には全米科学財団が資金援助を始めている)。コンピュータ教育指導者のためのケースによるカリキュラム・ツールのサイト(ComputingCases.org)があり、そこでSTSについて具体的に説明されている。
http://www.computingcases.org/general_tools/sia/socio_tech_system.html
(筆者注3)「国民IDカード法案(Identity Cards Bill)」の詳細については、4月1日付本blogを参照されたい。3月30日付のチャールズ・クラーク内相の声明内容は次のURLの通り。
http://press.homeoffice.gov.uk/press-releases/id-cards-royal-assent
(筆者注4)英国電子政府のポータル(Directgov)からアクセスできる「NHS Direct」のURL:http://www.direct.gov.uk/HealthAndWellBeing/HealthServices/HealthServicesArticles/fs/en?CONTENT_ID=4002736&chk=boVcXV
〔参考URL〕
http://news.zdnet.co.uk/internet/security/0,39020375,39262587,00.htm
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